「読みきり」



「あれ?」
 無造作に積み立てられた木箱をどけると、そこには扉が隠れていた。
「支配人、何ですか? これ」
 従業員は廊下の突き当たりで床を掃いている支配人に声をかけた。
「え、……あぁ、そんな所にあったのか」
 ほうきを壁に立てかけ、支配人は扉の前に来た。扉は木製で触ったら崩れ落ちそうなほどぼろい。
「このホテルを買ったときにこのドアだけ開かなくて、そのまま箱を積んじゃったんだよ。そしたら場所が分からなくなってね」
「……そりゃあ分からなくなりますよね」
 支配人はマイペースが代名詞だった。腰で巻いてあるエプロンをはずすと、黒いズボンが現れた。正装で着るはずのブレザーは受付の上に置きっぱなし。
「ところでセイル、僕の手袋はどこかな?」
「タマが持っていっちゃいましたよ」
「……それじゃあ仕方ないな。タマは返してくれないだろうし」
 セイルと呼ばれた従業員はドアノブに手をかけ押したり引いたりするが、ドアは一向に開く気配がない。
「中から鍵が掛かってんのか?」
 ノブの下を見るが鍵穴は見つからない。
「……そういえば前に一回だけ開いたことがあるな」
 結ってあった首下の長さの茶色い髪を解くと支配人は、たった今思い出したかのように言った。
「いつですか?」
「確か木箱をここに持ってきたときにドアが開いて、中からタマが出てきたんだ」
「……タマが?」
 その時、小さな鈴の音を鳴らせてタマがやってきた。口に支配人の手袋をくわえて。
 どう見ても虎猫である。
「その後扉を開けようとしたんだけど、やっぱり開かなかったんだ」
 支配人はタマを抱え手袋を取ろうとするが、タマはどうしても放してくれない。
「……タマってこの世界の動物にはいない姿ですよね」
「そうだね。なんていう種類なのかな? これ」
「なんで名前がタマなんですか?」
 セイルが今までずっと気になっていたことだった。タマなんて名前セイルは聞いたことがなかった。
「首輪に書いてあったんだよ、タマって。だからタマって呼んでるの」
 タマは喉を鳴らせ支配人の腕からするりと降りた。

 ゴォーン……ゴォーン……

 ロビーに置かれた振り子時計が開店の時を告げた。
「さて、開店の時間だよ。そうじは終わり」
「はぁーい」
 そう言うと支配人はほうきを片付け、セイルは足元の雑巾入りのバケツを持ち上げた。
「今日は予約が入ってるから」
「……こんなホテルに泊まる物好きっているんですね」
 ほぼ1ヶ月ぶりの客だ。このホテルには他のホテルとは違う何かがあった。それを見たくてやってきたのか、はたまた何も知らずに予約を入れてしまったのか、客はどちらかしかいなかった。
「支配人、あの手が出る便器どうにかなりませんか?」
「あれはあれで面白いと思うけど……」
「だから客が来ないんですよ!! ……じゃあせめて、笑う肖像画くらいはずして下さい」
「う〜ん、あれも有名な画家が書いたんだけどなぁ……」
 セイルは大げさなため息をした。
 少し不思議なCRAZY HOTELは今日も客を驚かせるのであった……。

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